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王木亡一朗さんの「アワーミュージック」をレビューしてみた

全五作からなる短編集。 短編集「他人のシュミを笑うな」「LaLaLaLIFE」「kappa」から、一作ずつ、月刊群雛04月号に掲載された「母の上京」、表題作の書き下ろし短編「アワーミュージック」を収録した短編集です。

五作それぞれの概要をまずは書き、その後作品全体の感想を書きたいと思います。個人的な見解ですが、前の二作と、後の三作を少し分けて感想を書きます。

まずは五作品の概要

・母の上京

母と息子の東京観光、そして昔の思い出を綴った物語。

新潟に住む母親が東京を観光旅行したいと、そこに住む息子を訪ねるという話。

傍から見たら何でもない親子の東京観光。しかし、その二人の間の、特に子の心情というものが垣間見れる作品。

・明子先生の結婚

明子先生と、主人公の生徒の話。

中学校が舞台となっている。明子先生は東京に彼氏がいるけど、主人公は恋している。

しかしとあることで、明子先生が保護者からクレームをつけられ落ち込んでしまう。それにいらだった主人公を含めた男生徒たちが、それを払拭しようと立ち上がる。

個人的に(「死霊の盆踊り」ん?)の部分が好き。

それが何かって? 見てみればわかる。

・不揃いのカーテンレール

会社勤めの青年のお話。1と2と3のセクションは、日常から切り取った小話のように展開していく。そして4から少しつながる話が出てくる。ひょんなことから、女性と偶然出会い、その人との交流が中心となって話が進んでいくのが4以降。

話の根幹は、後半に出てくる友人の結婚だろうと思う。

社会の理不尽さとかを書いているけど、全体的にコメディタッチで書かれている。

この中では一番好きな話です。

・Any Day Now

地元のガス会社を、二十七で辞めた男が、公園で小学校に通うほどの年である少女と出会う。しかしこの主人公は、自堕落である。

その少女が、どうも何かを抱えていそうな雰囲気で怖い。いつも同じTシャツとジーパン。そして平日の真っ昼間にいる。

その子供との交流が中心に書かれている。どうしてその子が平日という学校があるときに公園にいるのか。それは後々明かされる。

・アワーミュージック

夢をあきらめ、レストランの手伝いをしている女性が主人公。主人公は小さい頃、親に関することでつらいことがあった。それが冒頭からずらりと書かれている。特に父親のダメさ加減は目を見張る物がある。

その子供時代、祖父に助けてもらったこともあり現在の職に就いている。そんな彼女があきらめた夢は美術家だ。

その名残か、ある日大学の修了制作展が開かれている美術館に行く。そこに気になる作品があり、それに目を奪われているとその作者と出会う。

ここから作品の感想

「母の上京」は、息子の一人称で地の文が構成されています。その地の文がですますの口語体で統一されていて、作品全体がすごく特徴的。

両親は息子が東京に行ってしばらくしたら離婚をしました。そのため、母親は新潟で一人暮らしをしています。

あらすじにもある通り、ある日その母親が東京に遊びに行きたいから案内して欲しいと言います。そこから母との東京観光の様子が描かれ、その中に過去を振り返る描写も入ってくる。

全体を通しては、過去から未来の描写が一つにまとまった物語だと思います。より詳しく言えば、過去の振り返り、そして今の仕事について相談したいこと、最後には未来についても主人公は考えます。

過去と未来という、作品の最後にかけてある親子の連綿とつながっている時が表現されて実に面白かった。

「明子先生の結婚」は、主人公の中学時代の話。まあ過去形でいいと思う。

ある日、副担任の先生がくる。クラスの男子にとっては喜ぶべきことだった。(理由は言わない)

そんなもんだから、前述したとある事件が起きたら、男子たちは救おうと話し合う。そして主人公が意を決して、その騒ぎが起きた原因である生徒の家に行くのだが・・・。

一人の少年の甘酸っぱい青春物語。恋とは直接言ってはいないけど、そういった感情でいいはず。たぶん。

何度も言うけど、死霊の盆踊りのくだりが好き。

この作品の中では、特に事件性があるもの。そんな大それたものでもないけど、物語の機微がよりはっきりしているのはこの作品。

後半の三作は矛盾した自分の気持ちを語る部分が多かった。特にそれが顕著に表れているのは「不揃いのカーテンレール」だと思います。題名からしても、そういったお話になっていると僕は思います。

少し自分語りを入れてしまいますが、僕は心なんてものは矛盾で溢れているし、世の中も矛盾でできていると思います。一言では説明できないし、普通に当てはめて考えられる物ではありません。

推理小説で言えば動機など、一概に語られるものでもありません。特に東野圭吾には、ただ憎いから殺した、といった普通の動機とは違う作品が結構あります。(特に「悪意」、「十一文字の殺人」など)

恋愛小説ならば、好きな子をいじめたくなるといった心情が例にあげられます。(そんなベタすぎるのも今は珍しいですが)

今回の作品では、そういった簡単には説明できない心情描写の部分が多々見られました。特に後半の三作品は顕著です。

「不揃いのカーテンレール」はちょっと奇行が目立つ主人公。一番等身大な主人公のように感じます。会社の出来事、友人の結婚、そして奇行がきっかけである女性と変なつながりができます。

その女性が結構壮絶な過去を経験している。そのエピソードを聞いた後、主人公はアドバイスを送る。たどたどしいし、どっちつかずな感じだけど、結局はすとんと、主人公の助言はある場所に落ち着きます。

「Any Day Now」では、無職の男と学校に行かない(正確に言えば行けない?)子供とのやりとりの中でそういったものが発生します。詳細は省きますが、無職の男が格好付けて、と自分を自虐していますが、身の入ったアドバイスです。学校とはなんぞや。そんな部分に触れています。こちらも紆余曲折を経て、曖昧ではあるけれどある答えに達する。

「アワーミュージック」は、堕落した父を援助するという主人公がいます。その父は典型的なダメ人間で、両親のけんかの原因、ひいては主人公の陰鬱な子供時代を送った原因のほとんどを占めた人物です。当然それを知っている人は、援助なんてとんでもないと反対するでしょう。しかしこの主人公は援助をします。

当然僕なら縁を切るぐらいはします。でもこの主人公は、そういった普通の意見では片付けられないものでこの父親の世話をします。これが一つ目の矛盾。

概要にもあるとおり、主人公は目を惹かれた芸術作品の作者と出会うのですが、その人に自作の本を読んで欲しいと頼まれる。それのアドバイス、あとは本を読む読まないの価値観なども、いろいろと材料をそろえながら、結論に至る。

行動に至るまで、答えに至るまでの道程に、簡単には説明できない部分、いわゆる矛盾のようなものがある。推理小説も、恋愛小説も、物語性のある一般小説でも同じことが言えます。

葛藤がなければ、物語のある作品は作れないと思う。人間という複雑怪奇な物を説明するには、きれい事や普通なことはあまり役立たない。よくわかんない、という前提の元で、答えを探すしかないのです。そういった心情描写が丁寧な作品は大好きです。

KDPで一般の現代小説を読みたいという人には、僕はこの作品、いやこの人を薦める。

ただ一つ注意なのは、いや、個人的に気になったのですが、最初の作品が特徴的なので肌に合わないという人もいるかもしれません。僕は好きですが。

そういう風に感じてしまっても、二作目以降を読んで欲しいです。それだけは、心の中にとどめて欲しいです。

最後に

「矛盾」という言葉を使っていますが、それは簡単には説明がつかない、どっちつかずの気持ちなどを説明するため便宜的に使った物です。本来の意味とは違うかもしれませんが、ご了承ください。