KDP作家版 深夜の執筆60分一本勝負 「薄暗い行燈に映る」
江戸時代には、油問屋(あぶらどいや)という問屋があった。当時、民家の明かりの主流だった行燈(あんどん)の燃料となる油を売るところである。
彼らは油を壺に入れ、壺の口を紐で縛って棒に吊す。そして二つの壺が両端についたその棒を肩に担ぎ、家々を回って販売していた。民家には油を保存する壺が各自に置かれている。商談が成立すると、その壺の中に油を移し、そして金を得るという流れだ。
そこに勤める油売りには、ある特技があるという。それは家々を見れば、どこに守銭奴がいるかわかるというものだ。今回はそのきっかけとなった出来事を語っていこう。
日差しが暑い、夏の日のことである。ある油売りが、壺をぶら下げた棒を担いで油を売っていた。
そして足は長屋へと向く。一通り回っていると、障子を開けて一人の主人が顔を出した。あまり見たことのない顔だった。
「油をこの壺一杯買います。行燈の油すら切れてしまってねえ」
「あいよ」
油売りは壺に並々と油を入れた。そしてその作業を終えたと同時に、主人はぴしゃりと額を打った。
「ありゃすまねえ。代金がない」
「困りますよお客さん」
油売りは渋々壺の中の油を自分の物に戻し、ため息をついてまた歩き出す。
その夜のことである。仕事を終えた油売りが夜道を歩いていると、偶然にもあのうっかりな主人のいる長屋が目に入った。そしてある疑問を持った。
その家から明かりが見えたのである。
はて? おかしい。あそこの主人は行燈の油すら切らしていたのではないか。いや、金を借りて他の油売りから買ったのだろう。そう思い帰路についた。
ところが、明くる日にその家に行き、また並々と油を注ぐと金がないと言う。
「すまない勘違いをしていた。油は買えない」
「勘弁してくださいよ。これで二度目ですよ」
いよいよおかしい。その油売りは仲間にあの家のことを聞いた。すると、どの油売りもあの家で油を売った覚えはないという。しかし、彼と同じような経験をした仲間が二、三人ほどいた。
怪しい。油売りはさっそく元来た道を戻り、あの家に行ってみた。するとそこで主人の奇妙な行動を目にする。
手に小さな木の板を持ち、壺の中に手を突っ込む。しばらく手を動かし、その木の板を取り出すと油が付いており、それを小さな器の中に入れた。
あっ! あんちきしょうめ。なんてせこい手を。
油を移してから戻しても、あの壺の中には油が多少は残る。あの主人は、そのこびりついた油を、木の板を擦って集めていたのだ。これなら油を買わずに手に入れられる。
してやられた。なんという守銭奴だ。
しかしなんら悪いことはしていない。だから追求などもできない。
今度は油を移す前に金をもらおう。そう油売りは決心した。
そこから油売りの中で、ある話が広まった。この頃越してきたある家では、油をケチって火を小さく灯しているらしい。そこでは絶対、先に金をもらえと。その家の特徴を、ある油売りは揶揄してこう言った。
「あそこは提灯程の火が降っているのに、明かりは暗いんだ」
提灯程の火が降る・・・・・・ひどく生計が苦しいさま、ひどく貧乏なさまのたとえ。
※この物語はフィクションです。