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初瀬明生の創作部屋~Making Story~

電子書籍ストアに自作の本を出しているセルパブ作家が、その小説に関することや、何気ない日記を載せるブログです

赤の軌跡発売中

推理小説「赤の軌跡」を出版しました。

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電子書籍(kindle本)を携帯で読む方法2

今回も切りのいいところまで小説の冒頭を載せます。

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        赤の軌跡

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 タクシーの車窓から見える景色には、青と灰色のコントラストが広がっていた。

 駅からタクシーに乗り、ビル街が続く道を下っていけば目的地に着く。その道中、{逸見|いつみ}{達彦|たつひこ}はずっと空を眺めていた。鬱陶しいほどの快晴の空に似つかわしくない縦長の灰色が、視界の中に同時に入る。達彦の胸中にも、その景色と同じように不釣合いな焦りと自制を働きかける心が同じ場所に居座っていた。

「病院まであと何分ほどで着きますか?」

 焦りを抑え、努めて冷静に話しかけた。

「あと十分ほどです」

 運転手は達彦の心情など顧みるはずもなく、平然と答えた。

 腕時計を見る。今は午後二時半だった。秒が進むのを何度も確認しながら車に揺れる。

 十分後、目的地の病院前に着き、急いで料金を払って玄関に向かった。ロビーに入ると、まずはエレベーターを探した。それはすぐに見つかったが、目の前には五人ほど並んでいる。そのすぐ横には階段があった。

 部屋番号は聞いている。三〇三号室だ。階段で行ったほうが早いかもしれない。そう思い立ち、達彦は階段を選びそこに向かって走っていった。階段を上って息を切らしている中、朝の電話の内容が、達彦の脳内で再生される。

 姉が何者かに突き落とされた。

 そんな電話があったのは今日の朝だった。

 今日は有給を使い、明日から始まる三連休を一つ伸ばして達彦はどこか旅行へと行こうとしていた。その朝に電話が掛かってきたため、予定を取り消しすぐに地元へと帰った。

 帰郷する際の足である新幹線に乗っている時、タクシーの中、そして走っている今でもずっと頭の中を疑問が駆け巡っている。

 突き落とされたというのはどういうことだろう。

 電話を掛けた父親も相当慌てていたらしく、詳細などはまだ聞いていない。

 聞かされたのはただ二つ。金曜日に日を跨いだばかりの今日の深夜にその事件が起きたこと。そして姉の意識がまだ戻らないということだ。

 階段を上ると廊下に出る。目の前はガラス張りで下には駐車場が見えた。南向きのため太陽は少し角度をつけ、その窓を通して廊下の肌色に自身の光を落としている。

 左を見ると、三〇一という数字が見えた。そちらに向かって走っていくと目的の部屋が見える。部屋の前のプレートには「{逸見|いつみ}{千恵|ちえ}」という文字が書かれている。横引きのドアを開けると、父親と母親の姿が見えた。

 声を掛けようとしたが、脇にいる男たちが目に入った。ベッドの横の丸椅子にはスーツを着た男が座って、傍らには同じような紺のスーツを着ている男が立っていた。その不自然な客に、言葉が詰まる。

「ああ、達彦。早かったな」

 とりあえずは姉が心配だ。そう思い達彦は、まずスーツの男たちを無視して両親に話しかける。

「姉ちゃんは?」

「ああ、大丈夫だ。ただ、意識が戻らない」

 ベッドの上で眠っている自分の姉を見る。

 頭全体を包む包帯と、腕にある管さえなければいつもの千恵がそこにいる。顔は生気を帯びた赤色はなく真っ白だった。メイクの跡が、眉や睫毛に残っている。

「それで……突き落とされたってどういうことだ?」

「救急車を呼んでくださった方の証言で、どうもそういう状況が現場であったらしいのよ。それで刑事さんが来てくれたの」

 母の紹介で、後ろの二人組が刑事であることを知った。

「あなたが逸見達彦さんですね?」

 刑事は{三田|みた}と名乗り、市内管轄の警察署の刑事課に所属しているとまずは説明した。

 話の進行役の三田は白髪の生えた初老の男性だ。その反面、後ろの刑事は達彦とそれほど年齢が離れていないように見える、二十後半ほどの若い外見だった。

 そこから達彦は、刑事から事情聴取のようなものを受けた。千恵との関係、自分の職業や最近の行動などを話した。

 話を終えた後、達彦が自分は事件について詳しく聞いてないという旨を伝えると、刑事は簡単ながらも事件の詳細を教えてくれた。

 事件が起こったのは今日の深夜十二時五十分。その現場の第一発見者は、ここY市内に住む大学生の{杉原|すぎはら}{健一|けんいち}と言う人物だ。杉原はバイトの帰り道に、現場の大通りに向かって、その薄暗い横道を歩いていた。その時分になると、現場周辺は車はおろか、人通りすらほとんどない。そのため、突然の女性の悲鳴が鮮明に聞こえてきた。杉原は慌てて悲鳴の聞こえた方、自分が向かっていた大通りへと走っていった。大通りに入って辺りを見ると、近くの歩道橋の下に人が倒れているのを発見した。

「それで、誰かに突き落とされたというのはどういうことですか?」

 達彦はずっと持ち続けていた疑問を刑事に言う。

「あくまでも可能性の話です。とりあえず歩道橋の柵の高さを見て、まず事故で落ちるような高さではないということ。悲鳴が聞こえたため襲われた可能性があること。あとは杉原さんがその現場で不審な人物を目撃しているためこの話が出てきました」

 詳しく聞いてみると、杉原が通りに入った瞬間、奥の通りから走り去るような足音が聞こえてきたらしい。暗闇の中で目を凝らしてみると、その人影がほんの一瞬だけ見えた。しかし街灯だけの頼りない光では、その人物をはっきりと視認することはできなかったようだ。

「性別もわかりませんか?」

「いえ、一応目撃者は女性かもしれないと言っておられますね。ですが確定ではありません。突き落としたかどうかはともかく、この人物が今回の事件に遭遇しているのは明白でしょう。私たちはこの人物の捜索に当たります」

 さて、と前置きをして、最後の締めというように、初老の刑事は声を重くして質問した。

「お姉さんが誰かに恨まれているなど、そういった話を聞いたことはありませんか」

 覚悟していた質問だった。もし千恵が歩道橋の上から突き落とされたのだとしたら、傷害ないし殺人未遂の路線もあるからだ。だが、いざ質問をされると、達彦の心の中にざわついたものが立ち込める。自分の記憶にある姉の清廉潔白な姿と、その姉を対象とした恨みを完全に否定できないという現実が混濁する。それでも達彦は、頭の中を整理してみた。

 千恵の交友関係で頭に思い浮かぶ人物は何人かいる。その中で一際大きく、ある男性の姿が思い起こされる。しかしその中で、決定的に自分の姉を恨んでいるという人物は考えられなかった。

「いいえ、思い当たりません」

「そうですか」

 儀礼的な返答だった。対して期待はしていなかったのだろう。

 話が終わると、二人の若い刑事は部屋を出ていく。後に残されたのは達彦と千恵と、還暦を過ぎた両親だけだった。

「詳しい話をせずにすまんかったな。慌てていたもんだから説明を省いてしまった」

「いいよ別に。それより姉ちゃんの容態は?」

「歩道橋から落ちた時、体を強く打ったらしい。頭も打ったようだが、体には目立った怪我はなく、脳にも幸いにも異常がないようだ」

「そうか……」

 自分の姉を見る。本当にただ眠っているようだった。しかし達彦の目には、このまま二度と目を覚まさないような機械的なものにも見えた。この状態に千恵を貶めた、姿の見えない人間を思い描く。

 もし事故ではないのだとしたら、一体姉を突き落としたのは誰だろうか。姉が恨みを買うような人物ではないことは俺がわかっている。この人物はどのような動機があって、こんな行動に至ったのだろう。

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