初瀬明生と小説とKDPと

Q.KDPとは? A.Kindle(電子書籍ストア)に自己出版できるサービスの事だよ!

「止まない霧」kindleで発売しました。

無事アマゾンのkindle電子書籍を発売しました。

小説名は「止まない霧」 

内容としては恋愛小説です。ただ、純粋な恋愛モノとは言えないかもしれません。

あらすじ

母の入院をきっかけに実家に戻った上沼健太(かみぬまけんた)は、高校時代に初恋を抱いた女性を地元で見かける。しかし一度きり話しただけの他校の生徒だったため、話しかけることはできなかった。

自分の半生、うだつの上がらない青春時代を振り返り、踏ん切りがつかず、いつまでも後悔を引きずる自分に嘆いていた。しかし兄のおかげで、ひょんなことから彼女と再び会い、他人行儀ながら話すことができた。そして今度また会える口実を手に入れる。

なけなしの勇気を使い、彼女と普通に会話をして、自分のことを覚えているかどうかを聞こうと躍起になる。しかし、その過程である事件が起きる。

七月二日追記

電子書籍などの小説は、あらすじと、無料配布されている範囲で切りのいいところまでブログに直接載せることにしました。

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            「止まない霧」

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 一時間前から降る激しい雨は、情緒溢れる東京の下町を藍に染めていた。

 風はなく、雨粒は空から垂直に家屋や道路を叩く。そのため二階の窓に直接雨は入らないが、屋根からの跳ね返りで網戸に水滴が付く。規則的な雨音は大きい。向かいの家も少し霞むほどの勢いのある雨だった。窓を閉めて一階へと下りる。庭に面した縁台には父が、片膝を上げて座り空を眺めていた。

「こりゃあ止みそうにもないな」

「そのときは無理やりにでも買い物に行くよ」

 ニュースではしきりにゲリラ豪雨という単語が出てくる。目の前の断続的に降る雨は、少しその中を歩いただけでもびっしょりと濡れそうだ。近場のスーパーは歩いて十分ほどは掛かる。これは傘を差しても、ただじゃ済まないだろう。縁台から父と共に、塀の上にぽっかりと空いた空間から雨雲を眺めながら、そんなことを思案していた。

 父と母が住む家は、東京下町の住宅街の一角にある。玄関は通りに面しており、その反対側、家の裏手には申し訳程度の庭が設置されている。

 築五十年ほどの木造ではあるが、風呂やトイレ等はリフォームを重ね、これから還暦を迎える両親のことを考えて新しめの設備となっている。

 そこかしこは新しくなったが、ここの縁台と庭は父のこだわりで、補強こそはしたが未だに昔のままの木造だ。

 木の塀に囲まれた庭で、植えられている木の大葉に雨が当たる音が聞こえてくる。時期の過ぎた紫陽花の植木。春に咲き誇った椿の小さな木。どれも季節こそは過ぎているが、青々とした葉が生えており、そこに水が多分に当たっている。

「こういうときに車があれば便利なんだがな」

「何を今更。都会で車を持つのは損だと言ったのはあんただろ」

「そりゃそうだが、お前みたいな若者は持っておいていいだろう。二十四で会社勤めが何を言っとるのか」

 父は寝間着から出たごつい足の指先に爪切りを当てる。パチンという、クリアな音が聞こえた。それは廊下に敷いたティッシュには落ちずに、庭の方へと飛んでいった。

「お前はどうも保身に走る癖があるんだよな」

「うるさいな。別にいいだろ」

 がさつな父や兄とは違い、自分は保身保身で今日まで過ごしてきた。中学も、高校も、大学も全て、なんの山場もない平坦な時を過ごしてきた。しかし無謀な挑戦をしないからこそ、今の生活が成り立っているのだ。この家の改築にもある程度予算を出すことができるほどの余裕はある。保身の何が悪い。

 父に言い返そうとすると、インターホンの音が家に響いた。

「俺が出るよ」

 そう言い残し玄関に向かう。

 玄関はガラスの格子戸になっている。そのため、向こう側にいる人影がうっすらと見えた。ガタイのいい大人と子供の影が一つずつ。

 鍵を開けて戸を開けると、そこには兄がいた。

「よう健太(けんた)、久しぶりだな」

 ずぶ濡れの体に似合わない、陽気な声が飛んできた。

 相変わらず兄は元気そうだ。ベージュのシャツは、腹のあたりからぐしゃぐしゃに濡れており、ズボンや靴も同じように水を被っていた。雨がどれほど勢いのあったものかがわかる。片手に持っているずぶ濡れのビニール傘が頼りなく思えてしまうほどだ。

 傍らには義弘(よしひろ)君という、兄の子供がいる。紺のカッパと黄色の長靴の完全武装だ。

「兄さんも今日来る予定だったんだ。ちょっと待ってて、今タオル持ってくるから」

 慌てて洗面台の方へと走っていく。途中、縁台にいる父に声を掛けた。

「兄さんが来たよ」

「何だと? 来るなら来るって言っとけばいいのにな」

 そう言って急いで玄関に向かう。

 バスタオルを何枚か取り、玄関に戻ると父が屈んで二人と話をしていた。兄とも話はしているが、主に初孫の義弘君に話しかけている。

「いやあ参った参った。駅に着いたらこんな雨だったからな」

「もっと早くに来ればよかったのにな。ほら、義弘君。カッパ脱いで」

「ありがとう」

 兄とは違い、大人しそうな声でお礼を言った。若干眠たそうに目を細くしている。カッパをハンガーに掛ける際、カッパがあまり濡れていないことに気づいた。

 体を拭き終わると、兄は居間に上がりドカッと座る。その背中は雨に濡れていなかった。シャツにはちょうど子供一人分のスペースが、薄いベージュのまま保っている。

 ああ、なるほど。義弘君をおんぶして、傘一本だけでここまで来たのか。だから彼のカッパが濡れていなかったのか。

「母ちゃんの容態は?」

「大丈夫。軽い貧血だって」

 お盆の長期休暇までまだ一ヶ月以上もある、この単なる週末に実家へ帰ってきたのはこれが理由だった。

 母が倒れたという電話が、昨日の夜に父から来たのだ。

 その声に切迫したものはなく、病状も軽いから大丈夫だと父は言った。それでも心配だったので、この週末を利用して実家に帰った。それは兄も一緒のようだ。

「午前中にこっちへ来ていれば、雨も降ってなかったから一緒に病院行けたんだけどな」

「仕方ないんだ。仕事の電話が入ってさ。いやあ雨がひどかった。多少ましになったがズボンがビチョビチョだ」

「馬鹿。そんなケツで座布団に座るな。二階にお前のジャージのズボンがあるはずだからそれ着てこい」

「へいへい」

 そう言い残し、兄は二階へと上がっていく。居間に残ったのは、俺と父と義弘君だけである。そして父は、兄が居なくなったのがきっかけで、そのごつい顔をにっこりと微笑ませて義弘君と対面する。

「学校の方はどうだい? うまくやってるかい」

 俺や兄と話すときより、何段階も柔らかい声で初孫に話しかけていた。

「今は夏休みに入っていて、だから今日はお父さんと一緒に来たの」

 そうかそうかと父は頷く。何とも和やかな風景だ。俺はここにはいない方がいいかもしれない。そう思い腰を上げた。

「買い物に行ってくる」

「おう、気をつけて行けよ」

 支度をして玄関に向かう。ガラスの向こうからは相変わらず激しい雨音が聞こえてくる。だが、先ほどよりはマシだろうか。

 傘立てには兄が使っていた傘がある。手に取ってみると、コンビニやスーパーで売られているような安価のビニール傘だとわかる。カッパも傘も現地調達したものだろう。どうせなら二つ買えばよかったのに。なぜわざわざ子供を背負ってまで傘を一つにしたんだ。

 戸を開けると、一層雨の音が強くなる。道路の路肩には、南側に向かって小さな川ができている。その流れに沿って道を下った。

 古い木造の家から、比較的新しい家までの様々な家が連なっている。この住宅地に囲まれた道は、学生の頃と比べてとても広く感じられた。いや、実際に広くなっているのだ。何年か掛け、ここ一帯にも整備の手が回ってきたらしい。昔はもう少し古風な感じの通りだった。

 先には十字路があり、そこを真っ直ぐ行くと駅に着く。その駅の近くにスーパーがあり、そこに向かって激しい雨の中を歩く。

 十字路を横切ろうとした時、ふいに視界の隅に人影が入った。

 女の人だった。髪は長髪で、白のシャツを着ている。雨に視界が遮られながらも、その様子をただじっと眺める。その人はビニールの傘を頭上に掲げながら、何かを探すように辺りを見回していた。髪やシャツは、何故か傘を差しているにも関わらず濡れている。

 俺は何気なく不思議に思い、その姿をじっと見ていた。するとその外見に、どこか見覚えがあった。

 もしかして……この人は。

 加藤知子(かとうともこ)?

 相手はこちらには気づかずに、十字路を右に横切った。俺はその様子を、ただただ黙って見送った。

 高校の時以来だ。あまりにも突然の再会だったから、声を掛けることもできなかった。

 いや、もちろん彼女だという証拠はない。今さら呼び止めて確認もできない。突然の出来事に、俺はただ萎縮していた。

 八年ぶりの再会は挨拶もなかった。あるのはただ、二人を隔てる止まない雨音と、虚しい心だけだった。

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