初瀬明生と小説とKDPと

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K点超えを目指す会社員

 K点とは、スキージャンプの基準点のことである。赤い線があり、そこを超えれば点数が加算されるため、今となっては点数を決める際の基準となっている。

 ところが、元々は極限点、いわゆる限界を表した場所だったのだ。しかし年々高い技術が生まれていき、飛び越えること容易になったため、いつしかそこが基準点となったのだ。

 そういったものもあって、今では限界を超えることをK点超えと言うことがある。

 K点、いわゆる赤い線を超えなければ、加点はされない。そこにあるのは、減点された点数だ。

 俺の人生も、そんな一線を超えられない人生だった。減点だらけの人生だった。

 親の支援の甲斐あって大学は卒業したが、本気になって自分の人生を選んだことがない。ただ親の決めたことに流れ流され、高校も、大学も決めた。そして今の会社へも、なんとなしに親がいいからと言ってくれたから入った。もちろんそんなやつが業績を上げられるわけがない。上司には、お前は仕事を舐めているのか、本気になったことがあるのかと怒られる毎日だ。

 自尊心というものがまるでない。そういうこともあってか。俺は一度も本気で怒ったことがないのだ。

 同期に相田というやつがいるのだが、そいつが意地汚く俺を虐めるのだ。それでもへらへらと笑って、余分な体力を使わないように隅っこの方へと移動する。酒の席で髪の毛を引っ張られても、車持ちである俺が足代わりにされても、自分の不甲斐なさばかりに目がいって、怒りに変換することができなかった。

 そんなある日のこと、道路でばったりと相田と会ってしまった。そこから暗い気持ちであいつの自慢話を聞いていた。それと同時に、息を吐くように俺の悪口も言ってくる。それに半笑いで答えていた。怒りを覚えない自分が、本当に嫌だった。

 そして別れ際のことである。あいつが、こんなことを言ってきたのだ。

「お前をそんなふうに育てた親は、よっぽどクズなんだろうな」

 そこで俺は、なにやらスイッチが入ったように動かなくなった。そして体のそこからなにやら沸々とわき起こる何かを感じた。

 いま……なんと言った。

「へ?」

「今なんて言ったかって聞いてるんだよ!」

 そこから、今までに感じたこともない熱いものが、心臓のあたりを駆け巡った。相田につかみかかり押し倒す。そして仰向けになった相田の胸に乗る。

 そして俺の思考は、そこで停止をした。

 ……本当に、自分が何をしたのかわからない。ただ、体のありとあらゆる場所が震えている。拳は骨が折れているのではと疑うほど激痛がある。だが、はじめてわき起こった気持ちを制御できないでいたため、その痛みをかばう余裕はなかった。

 そんな気持ちを抑え、ようやく目の前の光景を見る。

 叫び声をあげる周りの通行人。俺はその道路の上で膝で立っていた。そしてそこから視線を下げると、顔の形が変わった相田。ああ、そうかこれが怒りというものなんだ。しかしそこは、スキージャンプで言えば青い線だ。

 この場合は、そんなもんじゃない。どうやら俺は最初の怒りで、一気に先の線まで飛んでしまったようだ。

 赤い線を超えた先には、赤い景色が広がっていた。