初瀬明生の創作部屋~Making Story~

電子書籍ストアに自作の本を出しているセルパブ作家が、その小説に関することや、何気ない日記を載せるブログです

KDP作家版 深夜の執筆60分一本勝負 「はじめてセミナー」

「ええー今回はこの『はじめてセミナー』に来ていただき誠にありがとうございます」

 生徒の大半はいないであろう大学の放課後の講義室。そんなところでセミナーはひっそりと開催された。

 講義室はすり鉢状になっており、黒板のある教壇に行くに従って下がっていく。そこにはひげもじゃの講師。そしてその前には、仮面をつけた生徒二十人ほどが席に座っている。

「はじめてセミナー」

 それは、大学中期にさしかかる生徒のはじめてを支援するセミナーだ。決してやらしいものではない。

 こんな年になってそんなことも知らないの? という状況を防ぐためのセミナーである。ちなみに俺は今日で十回目だ。

 教えて欲しいことを匿名で紙に書き、それを講師が全員に教えるという方法をとっている。こうすれば誰がその質問をしたかがわからなくなる。恥ずかしい思いをしなくて済む配慮だ。

 たとえば俺は今日、ATMの入出金について聞きに来た。この年になって知らないというのは恥ずかしい。

 インターネットで調べろと声が上がるかもしれないが、字面だけ見るのと実際に教わるのとはわけが違う。それに他の人の聞いて参考になることが多々あるのだ。

 たとえばどうすれば彼女ができるのか、という質問がある。それについて、絶対にモテなさそうな講師がいろいろと言うのであるが、これが結構参考になるのだ。今日も二人ほどそんなことを聞いたやつがいた。

 さて、よくある質問は最初に講師が取り上げるため、半ば俺は飽きている。そして俺の入出金の話が出てきた。

「ATMでは、通帳かカードを使います。特に通帳なんですが、表裏を間違えるとすごく恥ずかしいんですよ」

 なるほど。この講師は本当にアドバイスがうまい。これで悩みはずばっと解決した。

 さて、いよいよ他の人のマイナーなものが取り上げられる順番だ。ある意味では楽しみな時間である。

「ええ、次に映画をどうやって見るのか教えて欲しいという質問ですが――」

 隣の小太りな男がピクッと反応した。十回も通うと、たいていは誰が質問を書いたかわかるようになる。

 二十近くにもなって映画の見方も知らないのか! と言いたくなるが、ブーメランとなって俺に突き刺さるのでやめておく。

「次に、友達の作り方について、ですが」

 おいおいすげえな。お前どうやってこれまでの講義乗り越えてきたんだよ。自力で頑張って偉いな! と煽りでも入れたくなるが、それもブーメランとなるのでやめておく。

 その後も次々と講師は、生徒のはじめてへの対策をズバズバと指摘する。初めてのバイクはどれにすればいいとか、バイトは何をしたらいいとか、はじめて葬式行くんだけどどういう顔をしたらいいの? とかいうよくわからない質問まで答えていく。

 しかし、この講師の知識は半端ない。前々から参加しているが、この分ならどんな質問にも答えれるんじゃないか?

 そんな変な妄想が浮かんだ瞬間、講師は次の質問を読み上げた。

「先日彼女の浮気現場を目撃しました。相手の男を殺したいのですが、どうし

たらバレずにすむのでしょうか?」

 その瞬間、講義室がシーンと静まりかえる。

 人を殺すって、おいおい。そんなことを思うなよ。せっかく頑張って勉強して大学に入ったんだから、つまらないことで棒にふるなよ。

 そう思ったが、他人の心情などわからないものだ。こっちもATMを今まで親に聞かなかった幼稚な心の持ち主だから、ブーメランになるのでやめておく。

 重苦しい雰囲気の中、講師はそのひげもじゃの口を開いた。

「そうですね。私もいろいろな推理小説を読んでいますが、その中で特に有効なのは、全く関係のない人が犯人だということです」

 これにも答えていくのか……むしろ尊敬の念を抱く。その他にも、毒殺や、通り魔的殺人、交換殺人などをあげていき、最後に言った。

「まあ未解決事件なんて思った以上にありますから、その中に入ればいいですね。ただ、もし近いうちに疑わしい殺人が起きた場合、私はすみやかに警察に今日のことを言うでしょう」

 講師は鋭い目を生徒に向ける。

「まあそれすらかいくぐれる自信があるならやってみてください。きっとバレるでしょう」

 教室内には、ジョークを笑うような声が響いた。不安を吹き飛ばすかのような大げさなものだが、俺もそれにつられて笑う。

 セミナーは笑いをもって終了となった。俺は気分よく帰る。

 いい講師とセミナーだ。これからも困ったときは通うぞ。藍に染まる夕暮れ

の中、酒に酔ったような心地いい感覚で家路に就いた。

 とあるニュースが報じられたのは、次の日の朝だった。

 なんでも近くの住宅街で殺人が起きたらしい。

 被害者の名前は小山敏雄(こやまとしお)。俺と同じ大学に通う二期生のようだ。その男は、胸をナイフで刺され死んだらしい。

 一日経つごとに情報は追加されていく。殺された日、被害者は彼女と映画を見る約束をしていたそうだ。そして部屋には、奇妙な仮面があったらしい。現在容疑者の交友関係を当たっているとのこと。

 ああ、これじゃあ時間の問題だな。この犯人はすぐ捕まるだろう。ちゃんと助言を聞いておけばこのようなことにはならずに済んだものを。

 どうやら彼のはじめては、失敗に終わるようだ。